お伊勢に七度、熊野へ三度、愛宕さんへは月参り
そう古歌に歌われた愛宕神社は、京都・奥嵯峨に位置している。火の神を祀り、全国に800社以上ある愛宕神社の総本山である、由緒正しい神社だ。
その、一の鳥居の前に店を構えるのが「鮎の宿 つたや」だ。
約400年の歴史を誇るこの店は、神社の参拝客が憩う門前茶屋として発祥。保津川でとれた鮎を都に運ぶ途中「つたや」の近くの清流で水を替えていたことから、次第に鮎料理の名店としての色を濃くしてきた。
威風堂々とした茅葺き屋根を仰ぎつつ店内へ入ると、店の真裏を流れる小川「瀬戸川」の水の音が心地よい。


「鮎の宿 つたや」の当主は、14代目となる井上清邦さん。
“自分がおいしいと思わないものを出すことはできない”という信念を持って料理をつくり続けてきた。しかし現代では、人々の感じる“おいしい”の基準が変わってきたように感じるという。
人々の味覚が自然から離れてしまっているのだ。
自然本来のおいしさを見直したい。そのためには、素材に親しみ素材を知ることこそが礎となる。そんな思いから井上さんは山を管理し、自ら育てたたけのこや松茸をお客様に提供している。

料亭は特別な空間だ。ただ食事をするだけではなく、家族の節目の日を過ごしたり、大切な接待や商談をする場としても選ばれる。
若女将の井上善賀さんはそう語る。
型通りの対応ではなく、それぞれの空気を読み、料理を出すタイミングを見計らい、時にはさりげなく、会話を盛り上げるきっかけ作りもする。マニュアルもルールもない。老舗に受け継がれる、おもてなしのセンスだ。
また、そうして直接お客様に接しているからこその発見も多いという。
“まだ人工の味に染まりきっていない子どもは、滋味深い自然の味わいをおいしいと思える感性を持っている”というのも、そんな中のひとつだ。

何が本物かを見極めるのが簡単ではない時代にあって、「つたや」は本物にこだわり続ける。
料理だけではなく、おもてなし、また折々の季節に合わせた、器やしつらえ。細部にいたるまで隙なく、まるごと本物の空間を味わえること。
井上さんは、そこに日本料亭の真髄を見出している。
