京を語る

記事を探す

第8号 1993.9.7発行
このページは、情報誌「京都」掲載記事からの転載です

味は一子相伝なんです。ずっと同じ事をしてます。長谷川 朝子 一和

創業は長保2年(1000)、私で23代目になります。今宮神社の門前に店を開いてより1000年近くになりますね。あぶり餅の由来は、初代は一文字屋和助が香隆寺の名物だった“おかちん”(あぶり餅)を作り、今宮神社に供えたのが始まりです。又、当時、京の町に“コロリ”という疫病が流行り、その疫病を鎮める為、御霊会が行なわれました。その際に当家で作っておりましたこの餅を供え、それを家に持ち帰り、食べると疫病をのがれたという話しが伝えられております。

味は、一子相伝なんです。先祖さんが言わはったとおりにずっと同じ事をしています。お客さんの接待から何から何まで言われてきましたし、それをずっと守っています。長く続いてきたのは、やっぱり辛抱してきたからやと思います。石の上にも3年とか言うのと同じで辛抱せなあかんとおもいますよ。

苦労と言えば、お餅を刺す竹一つでもみんなうちでやりますから、梅雨時分は黒い斑点 がでるんです。それをださんようにする事ですね。細々とやっておりますし、それやから 今まで続いているんでしょうね。

京都については、あんまり新しすぎて京都のええとこがないようになったと思います。特に京ことばがなくなりましたね。ハイカラな言葉が流行って…。うちらで「おおきに」と言いますと外国の方が真似しはったりしてええもんですよ。お茶屋さんとかだけでなく、京都の言葉をみんなが使ってほしいと思います…。

長谷川 朝子
長谷川朝子
はせがわあさこ
明治44年生まれ。23歳の嫁入り以来、伝統ある家を支え、家業を守る。 代々、一和は茶 道や華道の指南をする家柄で茶店を守ってきたのは女衆だった。「おいでやす」というやわらかい京言葉、炭火で餅をあぶる姿には京の風情が感じられる。
あぶり餅 一和
あぶり餅 一和
長保2年(1000)、今宮神社門前茶屋として創業。初代の一文字屋和助が香隆寺の名物だっ た“おかちん”を作り、神殿に供えたのが始まり。約千年の歴史をもつあぶり餅、その昔千利休が茶菓がわりに用いた事もあるという。餅を小さくちぎり黄粉をつけ、竹串に一つずつ刺し、これを炭火にあぶり白味噌のたれをかける。その素朴な味わいは、京菓子の元祖的な存在と言え、一和の伝統と共に受け継がれている。
〒603-8243
京都市北区紫野今宮町69
075-492-6852