- (有)浜卯染工場
- 弘化4年(1848)創業。代々絹織物の原料となる生糸の精練業を営む。戦後より、精練に加え、染色も行うようになった。先々代が石鹸による精練法を日本で初めて導入し、国産の精練用石鹸の改良のために製薬会社とともに技術試験を行った経緯を持つ。機械化が進んだ今日においても、手作業で行う精練の技術を守り続け、手仕事には業界の評価が高い。
- 〒602
上京区猪熊通上立売下る
075-414-0981
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第45号 1999.11.7発行
このページは、情報誌「京都」掲載記事からの転載です
うちはもともと精練だけを専門にしていました。しかし、機械化や精練の材料の変化で染色の工場でも精練ができるようになった背景があったんです。ですから、うちも染色もやらないとやっていけなくなって、今から五十年くらい前でしょうか、染めの方もやるようになりました。今は、兄が染めを、僕が精練を主にやりながら、二人で何とかやっています。
西陣の仕事は色数の多いぶん、いろんな色を少しずつたくさん染めなあかん仕事です。また、一時に作り置きをしないものですから追加が少しずつ発注され、その度に糸を染めますから、見本に合わせて同じ色に染めるのが難しいですね。その基準になる見本も、古くなって色褪せた織物をほどいたものであったり、紙であったりとその時々によって違います。この見本から洞察して織屋さんが欲しいと思っている色に染めるのは微妙な勘がいると思います。全く同じ色にならないのは分かっていますが、織屋さんの厳しい目に叶ったらうちの仕事に満足してもらえたと思えて、ほっとしますね。
この時代に、あえて手間のかかる手仕事を続けたり、うちにしか出来ない仕事をするのも、西陣織がある限り、なんとか生き残っていきたいと思うからです。この辺りが西陣の中でも中心部なんだという自負は、自分の中にもあります。でも、今の不景気で西陣も活気がないでしょう?僕は西陣の元気が京都の活気につながると思っていますから、西陣が何とかならないと、と思います。今までのことをどうこうするのではなく、現代に合う新しいものを造っていく発想がないとだめだと思います。

- 岡本和郎
おかもとかずお - 昭和 16年生まれ。同志社大学経済学部卒業後、2年間の会社勤務を経て家業に従事する。以来、兄の祝郎氏とともに、生糸の精練と染色を手掛ける5代目。


