京を語る

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第30号 1997.5.7発行
このページは、情報誌「京都」掲載記事からの転載です

石は千年でも残る。作るなら手の跡が残る仕事を。西村 大造 (株)西村石灯呂店

石灯籠の技術が花開いたのは鎌倉時代です。お寺の後ろ立てもあって、いいものをつくることだけに専念できたのでしょう。技術の進歩が1番現れているのは、ホゾが入っていて、しっかり固定されていることです。表に見えてこないところでこそ、いい仕事をしているかどうかが分かるものですね。江戸時代前期頃のものを見ますとね、見た目には装飾が派手になっているけど、ホゾが作られてなかったりするものがあるんです。おそらく、灯籠が1基いくらで売れる時代になって、質を落としてでも、たくさん作った方が得や、見た目がよく見えた方が売れるやろう、という動きがあったのでしょう。

ここ北白川では、かつて、ほとんどの家が石屋さんだったのが、今では数件。今だに手仕事を続けているのは、うちだけになってしまいました。手仕事は手間が掛かりますが、石に限らず、すべてを機械に頼るやり方には、限界があるようです。同じ機械で、経費の安い外国でも作れるようになったら、しんどい…。

今、人々の志向は、二極化に向かってると思うんです。すごくいいものか、すごく安いもの。その中で、日本の昔からのよさ、手仕事も見直されつつあるようです。昔ながらのやり方は、現代の法律でひとくくりにされると、つらいものも結構あるんですよ。それでも、石は1000年でも残るのですから、自分が死んだ後まで責任を持たなければいけません。どうせ作るなら、いいもの、手の後が残る仕事をしたい。いいものを作るからこそ、残るのではないでしょうか。

西村 大造
西村大造
にしむらだいぞう
昭和39年生まれ。京都芸術短期大学造園学科卒業。在学中には造園関係の友人たちと親交を深めた。以後、家業を伝習し、今年、弟・光弘とともに、伝統工芸士に認定される。「家族旅行の思い出は、石関係のところばかり」と。
西村石灯呂店
西村石灯呂店
創業は江戸時代と伝わる。白川石の産地・北白川には古くから多くの石工が集まり、初代・兵右ヱ門も石塔造りに従事していた。3代目光造は古代型石灯籠の復元に努め、戦後の日本庭園復興の時代に造園家たちとの知遇を受けて研究に尽力。4代目金造は、造形作家イサム・ノグチの作品に携わるなど、創意的な作品への視野を広げた。旺盛な研究心と「手で彫る」ことを信念に、京都のみならず全国の名庭の石灯籠を手掛ける。」
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