京を語る

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第14号 1994.9.7発行
このページは、情報誌「京都」掲載記事からの転載です

人柄のあらわれるような料理を作るのが希望。高橋 英一 南禅寺 瓢亭 

和洋中華の境界がなくなってきて、日本料理にもさまざまな素材を用いるようになりま した。料理屋ですからね、食べておいしい、ということが第一条件です。多様な材料の取 り合わせを試しますが、これ以上は越えられないという境界が暗黙のうちにあります。瓢 亭としてはお茶の料理の世界を踏みはずしてはいけないということです。

お茶の料理とは、あまり素材をいじくらず持ち味を生かすことが基本ではないでしょう か。お茶の心やなんておこがましいですけど、平素から自分自身に対して自然体でいられ るよう心がけています。料理もきばり過ぎると、せっかくの素材を壊しかねません。

料理素材といえば、今から8年前のこと、京都料理芽生会で『復活させよう!京の伝統 野菜』というタイトルで野菜運動を始めました。シンポジウムなど一連の活動をする中で、京野菜のブームがおこったのですが、業者が他府県で栽培された野菜を京野菜と名のったり、それを他府県に高値で多量販売するという動きになっていきました。我々は、その土地独特の野菜を発掘し守っていただきたいという思いがありましたので、5年間の運動に区切りをつけました。京都という名のブランド化によって、京都のものも、他の土地のものも歪められていくこともあるんですね。

人柄のあらわれるような料理を作ることが希望なんです。そのためには、店の者同士の 連携プレーが大事。料理は人の輪でもあります。

高橋 英一
高橋英一
たかはしえいいち
昭和14年生まれ。同志社大学商学部卒業後、東京と大阪の料亭で修業。昭和42年に14 代目当主。「小学生の時から調理場に入っていました。 日々、調理場の中での平凡な生活。調理場の中が一番好きです」当主自ら茶花を育て活ける。
瓢亭
瓢亭
創業は、享保8年(1723)「南禅寺総門外松林茶店」として始まる。玄関の小旗や土間の 床几、古さびた草鞋が、茶店の面影を残す。明治以降は、茶懐石の名店として知られる。 名高い“朝がゆ”が登場したのも明治の初め。“瓢亭玉子”とともに瓢亭の代名詞にまで なっている。池をめぐらした敷地に、茶室風の座敷を配す。主屋と“くずや”は約400年 前の建築を伝える。
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